暇人になりたい

常総線ばっか撮ってます。更新のタイミングは気分。出てくる写真はe-pl9で撮影。

6/12,6/13 常総線朝活+クソ長余談

こんにちは。

今回は朝に常総線を少しだけ撮影してきたものになります。

場所はいつもの場所です。

6/12 
001と復刻重連です。復刻重連ようやっと回収できました。

0は京成グループロゴがよく目立つ...

6/13 

同じメンツです。代わり映えないですね。

 

そして、なんとこれで本編終了です。

今回は本当に書くことがありません。

 

とはいっても、これではいけないのでいつもの余談に入ります。

6月中にカシオペアが引退し、311が定期運行を終え、E217と185が形式消滅したみたいですね。

というわけで今回はこの4形式との思い出をここに記そうと思います。

(サロンカーは本当に思い出ないです。すみません。)

 

まずは311から。

こいつは本当に縁がなく、乗ったことはおろか会った記憶もありません。

後日アップロード予定の記事で紹介する日にも会うことができませんでした。

それでも図鑑や動画で見るたびにかっこいいと思える、憧れのような存在でした。

今でも色褪せないデザインに新快速や特別快速の幕を誇らしげに掲げる姿は誰かが撮った写真越しでもその人に実力も相まって、本当にすばらしいと思えました。

本当にJR東海初期を支えた名車だと思います。

1989年から約36年間お疲れさまでした。

 

続いて、カシオペアを。

カシオペアは自分がこの界隈に入るきっかけを作ってくれた車両の一つです。

ケロッグとのコラボDVDは何回見たことか...

そのDVDの時点では81のカシ釜が牽引していましたが、いつの間にか510になり、定期運行を終え、510が富山に飛び、64が参戦し、気がついたら引退です。

正直まだ信じられません。なぜなら、自分の心のなかではずっと最新の客車寝台特急だからです。

まだ東北本線を走るんじゃないか、DD51とともに札幌に行くんじゃないか、とも思ってしまいます。

特に常磐線PPはここ最近よく見に行ってました。

自分の地元を憧れの寝台特急が走ることって運行がほぼ終わった今振り返ってみると

贅沢なことだったんだなと思います。

トリフジに撮りに行ったら8181がやらかし、自分もやらかしたことは今となってはいい思い出です。

嘘ですめっちゃ悔しいです。

これから彼がどうなるのかは分かりませんが、暖かく見守っていきたいです。

そして、彼の後を継ぐ657にも期待です。

1999年から約26年間本当にお疲れさまでした。

ついでで爆死カットも供養しておきます。

続いて、185を。

こいつもかっこいいなーと思いつつも乗る機会が本当になかった車両で、出かけたとき回送として東京にいるイメージが大きかったです。

あとは田町の車庫でサンライズや215とよく並んで寝ていたのも印象的ですね。

また、DVDの方では251のほうがよくメインとして取り上げられていたので小さい頃は踊り子というよりも湘南ライナーのイメージでした。

それでも、今となっては大好きな車両です。ムーンライトながら見てみたかった...

また、定期運行終了時にいずっぱこの社員の方々に見送られていたのも印象に残っています。

いやぁ、まさか団体用としてここまで残ってくれるとは思いませんでしたね。

そんな彼も長野へ。時代の流れを感じます。

改めて、1981年から約44年間本当にお疲れ様でした。

サフィールと257のコンビも見慣れましたが、僕は185系「踊り子」と251系「スーパービュー踊り子」のコンビを一生忘れません。

 

最後にE217を。

こいつはとにかく総武、成田線のイメージです。

僕は京成民だったので、あまりJRには乗る機会がありませんでした。

だからこそ時々こいつのボックスシートから見る風景が大好きでした。

その窓には209-500、6ドア付きのミツB、255、259の旧塗装が写っていましたが、ついにその窓がなくなる時が来てしまいました。

今の総武線を見ていると、日常てあっという間に消え去るんだなと改めて実感しますね。

3年前に西船橋で動画を撮ったときは1時間で235が一本しか来なかったのに今となっては...

なんか短いですが改めて1994年から31年間の活躍本当にお疲れさまでした。

 

いかがでしたでしょうか。少しでも共感してくれたら嬉しいです。

それでは、今回はここまでです。

次回の更新をお楽しみに。